ねぎま式読書ノートを洋書でやってみたら・・・

多聴多読って、要するに、大量にinput しよう、って行為なんだけど。わたしにとって多読は読書の一環なので、output を積極的にやるぞというモチベーションが薄い。

なので書くとか話すとかほとんどやったことがない。

でも、ふと気がついた。
いま気づいたばかりなので、単なるアイディアレベルなんだけど。

わたし、本を読んでるときに、思いついたことをつらつら書くことをいつもやるのね。洋書を読んでいてもメモは日本語。それで違和感なかった。なんとなく英語で書く気がしなくて。

でね、いま『読書は一冊のノートにまとめなさい』で提唱されてた、ねぎま式読書ノート、ってのを試してみてるの。

ねぎま式読書ノート、というのは、本文を抜書きして、自分のコメントを書く。そしてまた、本文、自分のコメント。そんなふうにサンドイッチのようにメモっていく読書ノートのこと。

それを、洋書で試してみたら、、、あれ? 自分の感想も英語で書いたほうがすっきりする。思いついたことを日本語で書くのは簡単なんだけど、英語の本文・日本語のコメント・英語の本文・日本語のコメント、と並んだメモを自分で読み返すと、これが苦痛なのよ。こんなメモ、自分が読むのがいや。自分の感想も英語のほうがよほど楽に読める。

抜き出し候補の場所は、読みながらどんどん付箋紙を貼っていくからたくさんある。抜き書きをするときは付箋の箇所を読み直しながら、ここは抜書きするかしないか取捨選択をしていく。自分のコメントは必ず書くわけじゃなくて、書きたいことがあるときだけ書いてる。
こんな方法だと、コメント書きに対する気負いがすごく低くなる。だってすっとことばが浮かばなかったら、書かずにとばして、次の箇所の本文抜書きの取捨選択にすすめばいいだけだもの。
感想といってもたいしたこと書くわけじゃないしね。本文の中のキーワードを抜き出して、これが面白い(It's fun)、って書くだけだから。
まさしくサンドイッチで、しかもぶあついパンの間にめっちゃうすーいハムがぺろって入ってるだけでOK。(パン=英語の本文、ハム=自分の英語コメントね)

こんな方法だと、英語を書くことへの敷居がすごく低い気がする。

時間がかかるので(わたしは付箋紙つけた箇所を捨てるのがヘタ)、さっさと挫折しそうな気もするんだけど。
まあ、挫折といっても、いままでの日本語感想のみに戻ればいいだけの話。失うものはないもない。それなら、こわいものなしだよね。

ま、こんな方法も面白いかな。ささやかな思いつきでした。

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